エンジニアのみんな、農家になろう
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エンジニアのみんな、農家になろう

2026年8月7日(金)


2026年にもなって気づいたことがある、手でコードを書く時間が、圧倒的に減った。

アルゴリズムを考える、処理の流れを考える、アーキテクチャを考える、テストを考える、エンジニアの仕事の中心だったはずのこれらに、俺はもうほとんど時間を使っていない。背景にClaude Codeの影響が大きいのは間違いないが、これは始まりに過ぎないと思っている、時代はすでに、情報の世界からAIの世界に移った、ここから先は、もっと変わる。

7年かけて積んだものの6割が消えた

これまでは、それぞれの分野での個人の経験や知識、自分なりのやり方に価値が生まれていた。その大半を、AIが一気に民主化してしまった。

IT分野で言えば、バイブコーディングというものが存在する、プログラミングの知識がなくても、言語化さえできれば7割、ものによっては9割まで完成させられる、コードの中身をまったく知らなくても、ひたすらAIに文句を言い続ければ、製品はできてしまう。実際、Claude Codeのハッカソンで優勝したのはエンジニアではなく弁護士だった、そういうことだ。

つまり、俺が7年8年かけて勉強して培ったもののうち、6割ほどは価値を失ったことになる。残りの4割はまだ使える。ただしそこの競争がこれから激しくなっていくのは、目に見えている。

何が言いたいかというと、一度アンラーニングする必要がある、ということだ。今まで学んだものをすべて捨てて、囚われず、「わからない」というまっさらな状態に自分を戻して、そこから新しい知識と新しいやり方を学び直していく。

……と、覚悟を決めたいところなのだが、正直、不安もある。時代の進みが速すぎるのだ、せっかくアンラーニングして学び直しても、そのうちまた新しいAIやサービスが出てきて、もう一回やり直しになるんじゃないか、その不安を抱えたまま走ることになりそうな気がしている。

学びが「贅沢品」になってしまった

そして、もっと根本的な問題がある。学ぶことが、楽しくなくなった。

AIの前までは、新しい技術が出てくるたびに、自分で時間をかけて、模索しながら勉強していった。今は違う。勉強している横で、AIに命令すれば一瞬で作ってくれる。それを知ってしまった以上、勉強の楽しさは半減する。いわば勉強は、やらなくてもいいのにあえてやる「贅沢品」になってしまった。

AIが同じことをできても、自分で勉強すればいいじゃないか。理屈ではそうだ。でも、それじゃあ楽しくないのだ。俺が欲しかったのは「他人ができないことが、俺にはできる」という満足感、あの満腹感であって、それはもう得られない。スキルの習得は、いつの間にか別の何かに変わってしまった。

これはプログラミングに限った話でもない。たとえば語学、言語を勉強して、その言語で文章を書いて、人と話して、間違えて、恥をかいて覚えていく。そういうプロセスが本来あったはずだ。今は関係ない。AIに頼めば文章は書いてくれるし、チャットのやり取りなんて日本語で打てばそのまま自然な英語にしてくれる。「この言い方、英語でどう言うんだろう」と一回調べる、あの引っかかりが発生しない。翻訳されたものを見て「ああ、こう言うのか」と納得はする。でも、そうやって得たものは脳には残らないのだ。

勉強の意味って何だったっけ

人は日々勉強している。誰だってそうだ。でも、ふと思う時がないだろうか。勉強する意味って、何だったっけ。

学生の頃は理由があった。受験のため、テストのため、親が厳しいから。社会人になってからは、給料を上げたい、スキルを上げたい、職場で「できる」という自信を持ちたい、他人から褒められたい。中には、ただ面白いから勉強する人もいるだろう。

俺にとっての勉強は、結果ではなくプロセスだった。大きな壁にぶつかって、時間と脳のリソースを注ぎ込んで、やっと突破できた瞬間に出るあの報酬ホルモン。次はもっとうまくやれるように何度も繰り返して、細かいところを磨けるだけ磨いて、ピカピカになった状態を自分で眺めて満足する。この楽しさが人生から減ると、人生そのものがつまらなく感じてしまう。

楽しさを取り戻す方法を考えた

どうすれば学ぶ楽しさを人生に取り戻せるか。今の答えは、フィジカルの世界に移ることだと思っている。

たとえば農業だ。トマトを育てるには、大量の労力と知識が要る。土の用意、養分の設計、太陽、季節、害虫対策。1年がかりで準備して、収穫という報酬を一回だけ得る。農業とはそういう長いプロセスであって、近道が存在しない。そのうちフィジカルの世界にもAIは来るだろう。それでも、トマトを3日で実らせることはできない。つまりそこには、試行錯誤する余地が勉強する余地がまだ残されている。

一方で、俺が今やっている目に見えないソフトウェア、命のないものはどうか。労力とお金をかければ、時間は圧倒的に短縮できてしまう。無駄に時間をかけて、丁寧にやる余地は、もうほとんど残されていない。

結論

エンジニアのみんな、農家になろう!