AIができるようになったからなんだ?
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AIができるようになったからなんだ?

2026年2月20日(金)


AIブームの真っただ中にある2026年だが、あっちこっちから「あれもすごい、これもすごい」という話ばかり聞こえてくる。特にインターネットを媒体としたあらゆる分野で革命的な変化が起きている。映像系、SaaS系、デザイン系など、とにかくインターネットあるいはデジタル世界でクリエイティブさを求められるものには、ほとんどAIが台頭してきている。


だから何?

クリエイティブさを仕事にしている人にとっては、今までやってきたやり方ではもう通用しなくなり、下手をすれば職を失うのではないかという焦りが出てきていると思う。

しかし、そもそもクリエイティブなものにはそれほどの価値があったのだろうか。クリエイティブといえば、自分がイメージするのは、絵を描くこと、便利なツールを作ること、新たなデザインを生み出すことだ。では、最先端を走っている人たちは、果たしてお金を稼ぐためにそれをやっていたのだろうか。おそらくそうではない。

最前線にいる人たちは、誰もが思いつくようなことはやっていないだろうし、ましてやお金が欲しくて始めたわけでもないだろう。むしろ、やっている時間そのものが楽しくて続けている人が多いはずだ。


AIができるからといって、やる意味がなくなるわけではない

よくあるのが、「もうAIは万能だから、こんなことをやっても意味がない」という考え方だ。確かに、それをやっている時間が収入につながるかどうかという視点だけで考えれば、意味は薄いかもしれない。

しかし、AIができても「自分がやりたいからやる」でいいのではないだろうか。AIのほうが賢く、きれいに仕上げられるかもしれないが、それは問題ではない。今までも自分よりきれいにコードを書く人や、コーディネートがうまい人はたくさんいた。だからといって、やる意味がなくなるわけではなかったはずだ。

AIはAIの価値で評価される。人間は人間の価値で評価される。それでいいのではないだろうか。


考え方を変えよう

有名なアーティストやクリエイターは、その分野が好きで、お金目的ではなく、ただ好きだからずっとやり続けた結果、気づけば多くの人が到達できない領域に達し、そこで初めて世間から評価され、「天才」と評される人たちが多い。そして彼らの作品が他と違う価値を持つと認識され、ようやくお金に換算される。

この流れは、AIが入ったからといって変わるものではないと思う。彼らはAIの有無に関係なく、楽しいからやっていたのだから。AIがあろうとなかろうと、楽しいからやる。それだけだ。


危ないのはギリギリラインなのかもしれない

では、誰が一番危ないのか。

市場には需要があるが、トップに依頼するほどではない。しかし自分ではできない。だから、ほどほどの価格で引き受けてくれる人たちが存在してきた。

そういう人たちは、やり方を変える必要があるかもしれない。なぜなら、本来であればAIなしでは敷居が高く、専門性がなければできなかったことの「最初の階段」を、AIが壊してしまったからだ。最低限のものなら、素人でも作れてしまう。

その境界にいた人たちは、そのままでは淘汰される可能性が高い。


結局は誰かの時間を買っている

AIが来る前には、ノーコードツールやローコードツールのブームもあった。WixなどでWeb制作は終わるという話がX(旧Twitter)で盛り上がっていた。しかし、Web制作はなくなっていない。

確かに敷居は下がったが、本気でやりたい企業は、きちんとしたプロの集団に依頼している。個性を出したいとき、結局はAIであれプロであれ、誰かの時間を買うことになる。

これは絶対的な事実だ。人間には一つの頭と二つの手しかない。仮にアイアンマンのような世界になったとしても、何かを依頼する必要はなくならない。すべてを自分の時間でまかなおうとすれば、速度もパフォーマンスも落ちる。

AIに任せるにしても、何が欲しいのかを決めるのは自分だ。最終確認も自分でしなければならない。その確認にも時間はかかる。


自分のしきい値を上げよう

時代は常に更新され、世の中は常に変わっていく。今、自分が業界のどの位置にいるのかを改めて認識し、AIによって押し落とされないように、自分のレベルを上げ続ける必要がある。

そして、やりたいからやる。それでいい。他に優秀なAIがあるからといって、自分がやる意味がなくなるわけではない。その思考を捨てるだけで、かなり楽になれる。